雄you遊

107号

リレーエッセイ

「高野山」

工事本部 第二工事部長 矢部 良雄

2017/07/03

 墓!墓!墓!約2㎞に渡り山の奥地に墓がひしめき合っている墓地がある。その入口が「一ノ橋」と「御廟の橋」、その間に架かるのが「中の橋」。ここを流れるのが「三途の河」である。そして橋の向こうは「死の世界」を意味する。ここは和歌山県高野山にある名だたる雄藩、戦国武将の供養塔が並ぶ奥ノ院である。
豊臣一族・北条一族・嶋津一族・織田信長・真田昌幸・幸村・明智光秀・武田信玄・上杉信玄といった、いわゆる戦国武将を祀ったものも数多くあり、一般庶民を合わせると数十万基といわれ、とても壮観で1200年の史実がここに見られる。主義主張も信仰していた宗派も違った人々の供養塔が、なぜこのようにひとつの場所に集まっているのか。非常に不思議なところである。

 

 9世紀の初め、高野山は弘法大師こと空海が創った。空海は、山奥を切開き真言密教の開祖となり、そして1200年の時を経て絶対的な「聖地」となった。    
 世界遺産となった高野山の中には入口の大門を始め金剛峯寺・根本大塔・金剛三昧院・宝亀院・霊宝館・清淨心院そして奥ノ院などがある。中には国宝となっているところもあり、とても見応えのあるところだ。
 また高野山は長い間女人禁制であったため、女性は入山を断念せざるを得なかった。最終的に女人禁制が全廃されたのは明治39年のことだった。
 現代では宿坊に泊まり各種精神修行も体験でき、「六波羅密」・「朝勤行」・「写経」・「阿字観」・「舞踊」など、また精進料理も食べることができる。
 皆さんも興味のある方は、一度「三途の河」を渡ってみたらいかがかな。

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